これ、あの子に使えそう。

教具を見ていて、
「あの子に使えそう。」と思うことがあります。
お店で見かけたもの。
インターネットで見つけたもの。
療育のためにつくられたものではなくても、
「これ、使えそう。」と思うことがあります。
そして、買います。
でも、何を見て「使えそう」と思ったのでしょう。
前回は、洗濯ばさみについて書きました。
指先の力を引き出したい。
そのために、洗濯ばさみを使う。
でも、洗濯ばさみでなければいけない理由はありません。
必要な機能が引き出せるのであれば、
ボールでもいい。
紙でもいい。
教具は、目的ではなく手段です。
だから、子どもを見て、必要なものを選びます。
でも、いつもその順番ではありません。
教具を見て、
子どもを思い浮かべることもあります。
「これは、あの子が好きそう。」
「これなら、あの力を引き出せそう。」
子どもを見て、教具を見る。
教具を見て、また子どもを見る。
その間を行ったり来たりしながら、
「これなら使えそう。」を探しています。
ドアも、玄関も、もともとそこにあるものです。
子どもがドアをどう開けるのか。
玄関をどう捉えるのか。
そこにある環境の中で、子どもを観ていました。
教具は、少し違います。
必要だと思ったものを、支援者がそこに置きます。
洗濯ばさみを置く。
ボールを置く。
積み木を置く。
つまり、教具を選ぶことは、
支援のための環境を設定することでもあります。
何を置くのか。
どう置くのか。
何に使うのか。
それは、
その子の何を見ているかによって変わります。
手指の機能を見ているのか。
言葉を見ているのか。
考える力を見ているのか。
人との関わりを見ているのか。
その子が何に興味を持つのかを見ているのか。
同じ子どもでも、
見るところが変われば、選ぶものも変わります。
同じ教具でも、
見るところが変われば、使い方も変わります。
視点が変われば、支援が変わる。
だから、
誰かの支援を見るとき、
「何を使っているのか」だけを見ても、
その支援は、なかなかわかりません。
なぜ、それを選んだのか。
その人は、その子の何を見ていたのか。
そこまで見えてくると、
その支援の意味も少しずつ見えてきます。
視点がわかれば、支援がわかる。
子どもを見て、環境をつくる。
つくった環境の中で、また子どもを見る。
そして、また変える。
特別な設備があるから、支援ができるわけではありません。
特別な教具があるから、支援ができるわけでもありません。
子どもを観る。
必要なら、環境をつくる。
そこで、また子どもを観る。
視点が変われば、支援が変わる。
視点がわかれば、支援がわかる。
そんなことを丁寧に、一つずつ。


